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Sin.co -Re:The Ultimate Sin- main tales

花 火

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 暑気払いというのは、暑苦しいのをのりきるためにやるものだ。

 なのにこれはまたいちだんと暑苦しいなあ、と賢太は思った。
 決して広いとは言えない組事務所の屋上に、所狭しと強面の男達がうろついて酒を呷っているのだから相当の暑苦しさだ。ただでさえ暑いのに今夜は風すらない。しかも、普段テキ屋をやっている下っ端が気を利かせたつもりか何人か器具を持ち込んでヤキソバやらタコヤキやらを焼いているせいで体感温度は40度を越えているのではないかとさえ思える。
 賢太は首にかけたタオルで顔と、金色に染めた短い髪をぐるんと撫でた。そのタオルももう汗を含んでかなり湿っている。
 こう暑いのだから冷えたビールが旨いのは当然で、あっという間につみあげたケースが空になっていく。
「おまえら、いくらなんでも調子に乗りすぎだぞ。近所迷惑も考えろ」
 その声にあたりは一瞬静まり返った。賢太もその声の方向を見る。
「堅いこと言うなよ、紫。まだ宵の口なんだからたまにははめをはずさせてやれ」
 もうひとつの声がして、それに応えるように再び屋上は騒がしくなる。
「椎多さん──」
 そう言うと紫は眉間に指をあてて溜息をついた。当の椎多はといえばもう5本目のビールを開けたところで上機嫌になっている。
「……このままじゃ花火が始まる前にみんな寝てしまいますよ」
 椎多は紫の声など聞こえていないのか、もしくは聞こえないふりをしているのか、返事もせずに近くにいた若い組員をつかまえて大笑いしている。

──あー、のりそこねたな。

 賢太は調べ物をしていて遅れてこの場にやってきた。来たときには既にこの状態になっていたのだ。素面でこの場に入って追いつくのはなかなかに骨が折れる。
 もう一度この場を見渡したが、どうやら酔っ払っていなさそうなのは紫一人のようだった。
「……お疲れさんっす」
 声をかけると紫は小さく頷いただけだった。賢太はビールを1本取ってその場に腰をおろす。
 見ると、紫のまわりにも相当数のビールの空き缶が転がっている。しかし一見一滴も入っていないように見えるのは流石というべきなのだろうか。
「はめ外させてやれ、とか言って一番はめ外したいのってしーちゃんじゃないんすか」
 紫の姿ごしに椎多のはしゃぐ姿を視界にいれて賢太は笑った。
「まあ、会社の方ではこうはいかないからな。息抜きにはなると思うんだが」
 溜息をつきながら紫は一口ビールを呷った。
「威厳は無いけどこんなに可愛がられてる組長ってのも珍しいっすよね」
「……そこがな」
 紫は再び眉を寄せて椎多の方へ目をやった。

「あんなに甘やかされて。いざという時にはこいつらに死んで来い、と言わなければならない立場なのに──」

 それは賢太もわかっている。
 幼い頃から知っていて、若い頃には一緒に悪さをしたり遊びまわったりしてきた。組長、というよりは悪友といった感覚が強いのは否めない。まして、椎多は賢太よりもいくつも年下なのだ。
 それでも、椎多に死ねと言われれば従うしかない。
 自分はその覚悟はできているが、ここに集まってはしゃいでいる連中のうちどれくらいが椎多の為に死ぬことができるのだろう。
──そして。
「しーちゃん自身は言う時は迷わないんでしょうけど……でも辛いだろうな。表に出せないぶんきっとそんな時はものすごい辛い思いをしちゃうんでしょうね、しーちゃんは」
 紫は答えなかった。
 それ以上賢太も何も言わず、缶の底に残ったビールを飲み干す。
「……あーあ、始まっちゃったよ」
 視線を椎多に戻すと、手当たり次第にそのへんの組員を捕まえてキスしては大笑いしている姿が目に入った。
「8本目越えるとこうだ。相変わらずだなあ」
 また、大袈裟な紫の溜息が聞こえる。

 その時、どん、という大きな音がした。とたんに歓声が上がる。
「あ、始まりましたね、花火」
 事務所近くを流れる川で毎年花火大会が催される。この場にいない下っ端たちの多くははその河原で夜店を出しているところだ。稼ぎ時ではあるのだが、せっかく事務所の近くで花火大会があるのだから屋上で皆で見物しよう、とこの日に合わせて暑気払いを催すようになったのは先代のツルの一声だったという。
 しかし花火が始まる前から浴びるように酒を飲んでいた組員たちの半数はすでに紫の予告通り撃沈していた。リズミカルな花火の弾ける音が続き、夜空に光が散ってゆくごとに残った者たちが歓声を上げたり手を叩いたりしている。
「……無邪気なもんだ」
 呟くと紫は微かに笑った。
 無言で賢太は花火を見上げる。花火が弾けた瞬間より、その火が燃え尽きて夜空に溶けていく瞬間の方が好きだな、と何気なく思った。

「おい、紫」

 声に気付いて我に帰ると、いつのまにか椎多が紫の前にやってきて仁王立ちしていた。
「せっかく花火やってんのになーにしかめっ面してんだ」
「……生まれつきこういう顔なんですよ。ほっといて下さい」
 焦点のあまり合っていないような目で紫を睨みつける。呂律もあやしい。相当キてるな、と横で見ていて賢太は苦笑した。
 と、椎多がいきなり紫の膝の上にどっかと腰を下ろし、今の今までへの字に曲げていた口をへろりと笑わせた。そしてそのまま紫の口元へ軽く接吻ける。くすくすと笑いながら小さいキスを繰り返していると、紫がまた大きく溜息をついた。
 残った者たちは皆花火に気を取られている。

──あらら。

 笑いながらなんとなく2人の様子を見ていた賢太は、次第にキスが濃厚になっていくのに気付くと思わず目を逸らした。

──今みんなに声を掛けて振り返らせたりしたら俺、紫さんに殺されるかな。

 つい失笑がこみあげて、ちらちらと二人を盗み見る。

──てゆうかまだやってるし。

 少し馬鹿馬鹿しくなって賢太は夜空を見上げた。花火の音の合間に時折椎多のくすくす笑う声が聞こえる。
「せっかくの花火を見るんじゃなかったんですか、椎多さん」
 紫の声に、椎多が何かむにゃむにゃと意味不明の返事をしているのが聞こえて再び二人を盗み見ると、椎多はすっかり紫にもたれかかって既に眠りに落ちているようだ。その髪を紫が静かに撫でている。

──いちばんしーちゃんを甘やかしてるのは紫さんだと思うんだけどなあ。

 賢太は先程の紫の言葉を思い出して小さく吹き出した。イタズラ心がむくむくと湧きあがる。
「あれえ、紫さん。しーちゃん寝ちゃったんすか!」

 殊更大きな声でわざとらしく言った賢太の声に気付いた組員たちに一斉に注目され、紫が硬直してしまったのは言うまでもない。

──みんなの可愛いしーちゃんを独り占めしてるんだから、このくらいのこと許して下さいよ。

 睨みつける紫の視線に構わず賢太は笑いながら次のビールの缶を開けた。

​*the end*

 

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花火

*Note*

このへん描いてた頃はほんとにちょっとした短編のサイドストーリーを書き散らしてるだけだったはずなんだけど、気が付いたら本編には組み込みづらいけど書いておきたくなったもの置き場みたいになってしまい…。

​これは椎多が七さんの後を継いでから青乃と結婚するまでの間にあったエピソードです。紫さん、七さん死亡のショックから立ち直りつつあり椎多が可愛いくてしゃーなくなり始めた頃だと思う。めっさ可愛い、めっっっさ可愛い!!!と思ってても顔や態度に出ないからこの人…。まだ闇落ちしてない平和な頃。

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