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罪 -25- 持ち時間

 元は柾青の部屋の窓から外をぼんやり眺めていた。

 葬儀が終わってからまだ一週間も経たないのに、もう重機が入って庭が掘り返され始めている。子供の頃、車椅子に乗った柾青にまとわりついて遊びをねだっていた庭の一部も仮設の壁で仕切られ、まるで身体のどこかを傷つけられたように痛む。

 柾青の遺言で、この葛木邸の土地建物はすべて嵯院椎多が相続することになった。
 どうやら本人と嵯院との間で以前から綿密に計画されていたことらしい。相続税に相当する額でここを買えるなら安い買い物だという。
 ここは嵯院のもとで整備し、ひとつの小さな街を形成することになった。
 葛木邸は文化財クラスの建物なのでそのまま補修をしてゆくゆくはギャラリーか、そうでなければレストランか何かにするという。

 

 この中で、柾青が必ず実現させて欲しいと要求していたこと。
 それはその新しい街の中に、コンサートや演劇の上演が出来る劇場を大中小3棟建てることだった。
 一番小さいものは、レンタル料を無償に近いごく安価に設定してアマチュアや学生など資金のない主催者でも気軽に借りることが出来るものにして他の大中のホールの利益で小ホールの運営費を賄う。そしてこの3棟のホールの権利は元が持つこととする──

 一部の有価証券やあらかじめ元の名義で貯蓄してあったもの、以前開発して特許を取っていたいくつかのアプリケーションソフトの権利も最初から元の名義で取られていたことをこの時元は初めて知った。
 葛木家は金に困っているものだと思っていたが、実際には先代の負債もほぼ完済していたし、返済の傍らしっかりと遺すもの──靖子や那美に対しても──を作っていたのだ。

 劇場を建てた残りの土地は小ホールと同コンセプトのギャラリーや、あとは飲食店や店舗にする。明治期の西洋建築である葛木家の外観を生かし、レトロとアートをテーマにした街をここに作り出そう──

 それが柾青が嵯院椎多と計画していた最後の置き土産だった。

「柾青さんは君や君みたいな若い人たちが好きな演劇や音楽を金を気にせず表現出来る環境を作ってあげたいんだといつも言っていた。それは君が柾青さんに与えた視点だよ」

 嵯院は優しげな顔で元にそう語りかけたが、元はまだ顔を上げることが出来なかった。24時間前には柾青はまだ生きていたのに、矢継ぎ早にそんなことを言われても感情が追いつかない。


 柾青はあんなに何度も僕には時間がない、と言って自分とたくさん話そうとしていたのに。
 やっとちゃんと向き合おうと思ったのは本当にタイムリミット直前だったのだ。
 それが、悔やんでも悔やみきれない。

──君にはこれを全部あげる。
──どう使うのかは君が好きにすればいい。
──ゆっくり考えて、本当に自分がしたいようにして欲しい。

──君にはまだ時間がたっぷりあるんだから。

 柾青がこの計画をうきうきと話しながらそう言ったのは、まだたった数日前のことだった。
 俺には時間がたっぷりある。
 それなら、もう少しだけ。もう何日かだけでいいから。

 あんたを思って泣いててもいい?

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 雪が積もった。
 まだうっすらとしか積もっていないが、まもなくこれが深く積もってゆくのだろう。
 もしかして、積もったら雪かきなどは僕がしなければならないんだろうか。
 それよりも、青乃たちがここへ戻ってくる時までに積もってしまったら山道は通れるだろうか?

 雪の季節になったら、保存のきくものはひと冬分とか仕入れて貯蔵しておくんですよね、と料理人が笑った。
 肉はこの少し向こうに猟師の人が住んでいるので、そこから鹿とか猪とかを買うんです。
 昔、先代がお若い頃はご自分で猟銃を担いで鹿とか撃ってたそうですよ。

 青乃たちが兄の葬儀に向かってがらんとした別邸には紋志と二人の料理人と看護婦が残っている。看護婦は自室に籠ってだらだらする、と言っていた。一行は明日の葬儀のあと戻る予定だと言っていたがいずれにせよ夜になるだろう。

──あなたが本心でどうしたいのか、考えておいて。

 記憶が戻ったにも関わらず、青乃は落ち着いていたし穏やかだった。それはもしかしたら記憶が無い中でもここで過ごした憂うことの何もない幸せな日常があったからなのかもしれない。

 本心でどうしたいのか──

 紋志は結局あれ以来『恭太蕗』のあった場所には行けていない。
 恭太郎の遺体も引き取りに行けなかった。
 引き取り手がないから、と警察によって処理──火葬され、埋葬されたのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。

 恭さん、ごめんね。
 僕は最後に迎えにも行けなかった。

 もう何か月も経つのに、まだ実感がない。
 だから僕はきっとまだちゃんと泣けてないんだ。

 ああ、また雪が降ってきた。
 今夜こそ積もるかもしれない──

 窓の外、門扉の向こうに、動くものが見えた。エンジン音がする。

──車?
──青乃さま達は今日でかけたばかりだ。

──客人?

 呼び鈴が鳴った。インターホン越しに訪問者の姿を見る。
 知らない顔だ。一旦は居留守を使おう。不審者だったらどうしようか。それだけのことを一度に考える。インターホンを切ろうとする直前に、訪問者が口を開いた。


「紋志、俺だよ」


 それは、知っている声だった。

 

  
 車から降りて玄関に辿り着く前に、ユウスケ──佑介は雪まみれになっていた。それを室内に招き入れる。
「誰かわからなかった……」
 整形をした佑介の顔は、印象が随分変わって見えた。しかし大きく二重になった目はよく見るとやはり仔犬のようだ。
「今、みなさん家を空けておられて。留守番中」
「ちょうど良かった。ゆっくり話が出来る」


 応接室に通そうとしたが思いなおしてそのまま自室に通す。
「道、大丈夫だった?もう積もってたんじゃない?」
「ああ、まあこれくらいなら楽勝だ」

 思えば佑介とはあの2日ほど共に過ごしただけだ。
 それなのにとてつもなく懐かしい人に再会できたような気がした。

「それで佑介さんはどうしてたの。あの、組でのなんとかいう仕事は終わったの?」
「ああ。なんとかな」
 それならと、佑介と離れて以降にあった出来事を話そうかと思った時──

 佑介が名を呼んで紋志を抱きしめた。
 佑介の肩越しに小さく息を吐く。
 どちらからともなく唇を重ねて貪り合い、そのままベッドに倒れ込んだ。


 ただの獣になったように言葉もなく求め合って一気に達すると抱き合ったまま転がる。
 まだ息が整わない。
 そのまままだ口を貪ろうとすると紋志が困ったように笑って少し離れた。


「いきなりこんなの反則でしょ。親の留守中を狙って彼女の家にエッチしにいく高校生みたいだったよ、今」
 一旦ベッドを離れようとした紋志の手を握って引き寄せ、胸に抱きしめる。


「こんなに会いたかったんだなと思って──それくらい好きになってたんだな…」


 佑介の言葉が耳に届くと紋志はそのまま力を抜いて胸にもたれ、目を閉じ、溜息をついた。

 

「こないだあんな感じで最後だったから、やり残した気持ちだったんじゃない?好きなのかどうかじゃなくて、したかったんだよ」
 え、と紋志の頭を見下ろしても顔は見えない。
「僕もちょうど"誰か"に抱かれたかったからつい燃え上がっちゃったよね」

 "誰か"。
 "誰でもいい"。
 そんな風に聞こえる。ちくりと胸の奥が痛む。

「僕がわかったのは別のことだよ」
 紋志は佑介の手をとり、自分の胸にその掌を当てさせ、自分の掌を佑介の胸に当てた。

「さっきみたいに抱き合ったって、あなたのここにはまだ未音さんがいるし僕の胸には恭さんがいる。僕たちがそれぞれ愛してるのはその人たちなんだよね」
 佑介は返事が出来ずにいる。それはとっくにわかっていたことなのだ。

「でもその人たちに僕たちは触れることはもう出来ない。二度と。だから僕たちは抱き合うんだよ」
 佑介の胸から離れると両手で頬を包み、額に額をつけて目を閉じる。


「どれだけ抱き合ってその時だけ満たし合っても、僕たちが求めてるのは二度と触れられない、永遠に満たされないことがわかってるものだなんて逆につらすぎない?」


「違う」
 紋志の手がそうしているのを真似るように、紋志の頬を両手で包む。

「だからこそ側にいたいんじゃないか」

 失ったものの穴を埋めるためじゃない。
 あいた穴は大事に残しておけばいい。
 俺たちはお互いにその大切さを知ってるからこそ、
 そのままにしても生きてくことを許し合えるんじゃないか。

「そのままにして……」

 恭さんのことをしまい込んでしまわなくてもいい?

「僕はきっと、うっかり恭さんの話とかしちゃうと思うよ?」
「それなら俺も未音の話を聞いて欲しい」

 名前を変えて、顔を変えて、あの『大仕事』の準備や待機をしている月日の間、ずっと考えて考えてたどりついたのがその結論だった。


 頬を包んだ両手に力を入れ、紋志の顔を正面から見つめる。

 俺がいる。
 恭太郎がいた場所を埋めるためじゃなくて、それごと包むために。

 いつの間にか紋志の目から涙が溢れていた。それを見ないように抱きしめる。
「──僕がいるよ」
 小さな泣き声が耳に届いた。


 どのくらいそうしていただろうか、夕食はどうするのかと内線電話で料理人が尋ねてきた。いつの間にか窓の外はすでに暗くなっている。
 2人分を頼んでベッドに戻ると紋志は脱ぎ散らかしていた衣服を身に付け始めた。
「新鮮な猪だって。いただこうよ」
 着衣を整えながらもまた背中から抱きしめる。紋志はくすぐったげに笑っている。
「夜の雪道は危ないから泊まっていくよね。みなさんが帰ってくるのは明日の夜だし遠慮しなくていいよ。続きはあとでゆっくりしよ」
 悪戯っぽく佑介の腕を振りほどくと部屋のドアを開いた。


「──明日さっそくいっしょに行きますってわけにはいかないんだけど」
 わかってるよ、と苦笑しながら先導する紋志に続く。
「おまえがどうするか確認しにきただけだから。それを聞いてから自分がこれからどうするか考えようと思ってた」
「このままヤクザになるか、とか?」
「ここの警備員に雇ってもらっておまえと一緒に働くとか?」

 記憶を取り戻した青乃がこれからどうするかもまだわからない。ここに滞在し続けるのか、嵯院邸に戻るのか。
 かつては書庫の管理人を常駐させていたというが、もうその蔵書も無い今、滞在する者がなければ定期的にメンテナンスに来る者さえいればいい。常駐の管理人など不要になる。

──あなたが本心でどうしたいのか、考えておいて。

 今度こそ、堂々と青乃の側を離れて、そして佑介と生きていくという未来を。
 これからゆっくり考えてもいいのかもしれない。

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 葬儀が終わると靖子と元、そして青乃と椎多は斎場へ向かった。

 元の母・那美は遠慮したらしく、深く礼をして彼らを見送っていた。嵯院夫妻の警護人たちは別の車でその後に続く。冠婚葬祭の時だけどこからともなく湧いてくる──と以前柾青が表現していた、どこで血が繋がっているかよくわからないような親族たちも、やれやれとばかりにばらばらと解散していった。


 主役たちがいなくなった葬儀会場は、葬儀屋の指揮のもと嵯院家の手配した人員によってあっと言う間に何事もなかったようにもとの状態へと戻されていく。
 伯方照彦がそれを監督するように目を配っていた。

「先生」


 まだ仕事は終わっていないかもしれない、と思いながら暎はその背中に声をかけてみた。
「お疲れ様」
「ああ、おまえも」


 振り返って微笑んだ伯方は、まるで先日のことなど無かったかのようによく知った穏やかな顔をしている。
 暎が兄の死の真実を執拗につきとめようと纏わりついていることなど、この男にはたいしたトラブルではないのかもしれない。


「僕、来週からもとの病院に復帰することになりました。今週いっぱいは休暇にしてくれるそうです」
「そうか」
「また部屋を探さなきゃ。ここにいる間は家賃も光熱費も食費も何もいらなかったからすごく助かったんですけどね。その分貯金できて良かった」
 広間が片付いていく様子を眺めながら世間話のように話す。伯方もやはりそちらから目を離すことなく相槌だけを打っている。

「先生、話を聞かせて下さい。いつならいいですか」

 真相を聞いたらおまえを殺さなければならない、と伯方は言った。
 話を聞く、ということは伯方は本当に自分を殺すかもしれない──それを忘れたわけではない。

「伯方さん、いいですか」
 部下が駆け寄ってきて暎の決死の問いかけが中断された。そうとは知らない部下が作業完了の報告をすると伯方は目線で暎に待っておくよう合図してその場を離れ、葬儀屋に対応する。続いて部下に撤収の指示を出す。指示に従って部下たちが流れるように退出していくと、ほんの数十分前まで悲しみの満ちた葬儀会場だった筈の場所は何事もない日常の空間に戻りしんと静まり返った。その人の動きに、子どもの頃に磁石で砂鉄を動かして遊んだことを思い出す。

 


 先生。

 あの頃、先生の道場に通っていた頃、誰にも言えないけど僕は先生の腹筋を見るのが大好きだった。
 道着の時とか合宿行ってみんなでお風呂入った時とか、先生の割れた腹筋が見えるでしょ。
 すごくきれいだなって。
 あんな腹筋に憧れて僕も少しは頑張ってみたんだけど僕は運動がそれほど得意じゃなかったし根性もなかったからちょっと腹筋は仕上げられなかったかな。

 兄さんが死んで、看護学校には入れたけどそこでお金が無くなって、僕は最初、キャバクラのボーイのアルバイトをしてた。
 コンビニとかのバイトよりは全然時給も良かったけど、勉強もしなきゃいけないし、けっこう大変だった。一度、もうサラ金に手を出すかそれとも学校を辞めるかってくらい困ったことがあって、その時にバイト先の先輩がもっといいバイトあるよって紹介してくれたのが──
 "男の子のウリ"を斡旋してる店だったんだよね。

 そりゃ最初はドン引きして断ろうと思った。でもその時は本当に困ってたからしょうがないって。思い切って目つぶってやったんだけどそしたら貰えるお金が1回でバイトの何日分かだったから、ついもう一回もう一回ってやるようになって。そのうち週1、2回やるだけで生活もずいぶん楽になって。その上常連さんみたいなお客がつくようになって。色々買ってくれたりするようになって。なんとなくやめられなくなってしまった。


 何度かはマジでやばいんじゃないかみたいな目にあったこともあるけど。
 ドラッグ使われそうになったり、殴る蹴るする人だったり、女が乗り込んできて修羅場が始まったりね。
 責任とってよーとか言ったけど本当は僕は楽して儲ける道を自分で選んだだけなんだよ。お金無くても違法なことに手を染めずになんとかやってる人だっていっぱいいるんだから。
 それできっと、先生が兄さんのことを「真面目に頑張ってた」って言ったのがものすごく痛かったんだと思う。
 兄さんが死んだせいでも、ましてや先生が悪いわけでもないのにね。ごめん。

 客を取る時に、最初は無意識だったんだろうけど、
 あの頃の先生くらいの年なのにだらしない身体の人だな、とか。
 今頃先生これくらいの年かな、こんな風にたるんでたら嫌だな、とか。
 たまに綺麗な筋肉の人が来ても、いや先生はもっと均整取れてたよね、とか。
 そんな風に比べたりしてたよ。
 だから本当は、ずっと頭の中では先生に抱かれてたんだよね。

 この間、先生は僕がごねたからその場しのぎで仕方なく抱いてくれたんだろうけど、
 僕は嬉しかったよ。
 思ってたよりずっとあのきれいな腹筋は維持されてたし。
 そうそう、僕はこれが好きだったんだよって。


 ううん。

 僕はずっと、先生が好きだったんだなって──

 

 
「暎?どうした」
 人がいなくなりがらんとした広間に声が響く。我に返った時には伯方は目の前にまで戻ってきて暎の顔を覗き込んだ。そっと伸ばした親指で暎の頬を拭う。
 暎はぼんやりとした表情のまま涙を流していた。
 それに自分で気づくと急に気まずくなって伯方の胸に顔を埋める。
 伯方は暎の涙の理由など推し量ることもできず、きっと柾青が亡くなったのを悲しんでいるとでも思ったのだろう、ただかつての教え子の頭を撫でていた。

「──先生、僕を殺すの?」
 頭を撫でる手も顔を埋めた胸も、ちらりとも動揺しない。
「もう一度言っておこう。あれは事故だった」

 それをおとなしく飲み込んだら。
 先生が僕を殺す理由はなくなる。
 先生が僕の相手をしてくれる理由もなくなるってことか……

 口の中で呟く。伯方の耳に届いたかどうかはわからない。
 伯方の胸から離れると正面に向き直り、伯方の両手を握った。
「そうだ先生、僕のこと見張っててよ」
「うん?」
 聞き取れないのか意味がわからないのかその両方か。伯方はわずかに腰を屈めて暎の目線と高さを合わせてそれを覗き込む。チャンスとばかりに噛みつく勢いで唇を覆った。ようやく伯方が動揺して顔を離すのを見て暎は満足げに笑う。
「こんなところでやめなさい。人がいないわけじゃない」
「じゃあどこならいい?またホテルに行く?それとも僕の部屋?新しい部屋が見つかるまではまだ住んでいいって言われてるし」
「暎、ああいうのはもう」

「僕と住もうよ、先生」

 思い付きで適当なことを言った。我ながら突飛だし現実味はない。
 案の定伯方が困った顔をしている。
 こんなにわかりやすく困った顔をしているのはレアではないかと思うとまた笑いがこみ上げてきた。

「僕にこれ以上つまらない詮索をさせたくないんでしょ?僕は兄さんが事故死だなんてどうしても信じられないし、このまま忘れるなんて出来ない。だったら僕と住んでずっと見張っててくれたらいい。僕が先生を好きでいる間はずっと本当のことは訊かずにいてあげる。すごい、名案じゃない?僕、看護士だから一緒に住んでたら先生がほんとにお爺さんになってからもメリット色々あるよ」

 困った顔のまま、伯方はあからさまに大きなため息をついた。
 やれやれ、面倒なやつだ。これをどうしようか、ガタガタ条件を言う前にさっさと殺してしまおうとでも思っているのか──

「──そうだな」

 今の今までぺらぺらと滑らかだった言葉が途切れた。
 先生、今、そうだなって言った?

「そろそろ今の仕事も引退を考えても良いかと思っていたところだ。その後の選択肢に入れておこう」
 自分が言い出したことなのに驚いて伯方の顔をまじまじと見上げると、伯方は少し困った眉のまま微笑んでいた。


 突然頭に血が上ったように顔が熱くなっていく。

 どうしよう。
 先生、大好き。

「そんな……そんなこと言って、先延ばしにしてごまかしてしまおうって思ってるんでしょ」
「ごまかされてくれないだろう、おまえは」

 伯方は胸からメモ帳とペンを取り出し走り書きするとそれをちぎって暎に手渡した。
「嵯院邸の私の部屋の直通番号だ。引っ越し先が決まったら知らせなさい」
「連絡していいの?」
「椎英の死について真偽はともかく少しでもおかしな噂が流れたら本当に殺さねばならなくなる、くれぐれも気を付けなさい。おまえは本当に危険なことには口が固い利口な子だと信じているよ。その後の事は諸々が片付いてからだ」

 なんだ。
 もし本当に一緒に住んでくれることにしたって。
 本気で僕を見張るつもりで言ってる?
 先生、いい歳して実は本物の朴念仁なんだろうか。
 今だって僕は、今すぐここで抱かれたいくらいほっかほかなのに。

 暎は受け取ったメモを両手で丁寧に畳むとシャツの胸ポケットに収め、ぽんと叩いて吹き出した。

Note

ついにエピローグ的なところまでたどりついております……!

オリジナルTUSでは突然登場した青乃兄上(死んで登場)、突然出てきた元が青乃の弟だった設定、ただの大学生だった元が突然りっぱな跡継ぎとしての自覚を持ってキリッと姉上と対峙するという展開だったんですが、ここまで柾青兄さんと元のあれこれを密に書いてきたらうん元ちゃんそんなすんなり立ち直れないよね、もっと悲しんでいていいんだよ…って妙に優しい気持ちで書くことに。計画の新しい街、繁盛すればいいけど採算合わなければ嵯院さんさくっと切り捨てるかもしれないからがんばって元ちゃん。

んでオリジナルでの主人公カポーなんですが。こちらはもともと別れたまま終わるのがオリジナルでした。最後の最後まで、一緒に行こうって互いに言えずにすれ違ったまま、ユースケはまた戦場に行ってしまうという終わりだったんですがまあ、言うてもSincoの方ではもう紋志は出てこないし、多分わりと早い段階でユースケを追って出て行ったんだろうなって作者は思ってました。というわけで、ちゃんと二人はこのあと一緒に暮らす約束が出来るくらいのとこまではハッピーエンドにしてやりましたよ。ちなみに二人が再会したとこで、一旦詳細にベッドシーン書いたんだけどなんとなくそれで満足して全部消しました(なんやそれ)。

続きましてアキラと先生。こちらはオリジナルではアキラがピュアピュアに先生にラブで、なんかおててつないで退場みたいな感じだったんですがこちらの暎の先生見る目はかなり性的で。アキラ登場までほとんどそういう匂いの無い人として書いてきた伯方さんですが、意外とまんざらではなかったみたいです。かなりの年の差だと思うんですけどね。先生がほんとに老齢になってあっちが満足できなくなった時にアキラは先生をポイするかどうかはわかりませんけども。この子ほんまに兄さんの仇とかはそれほど執着してないんだろうなって感じ。まあ、苦労したから誰を責めたらいいかわからなくてモヤモヤしてるっていうところなんでしょうか。

というわけで……

ついに、

ついに、

​次回、最終回&本当のエピローグです。長かった…!

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