罪 -Prologue-
「今日は気分がいいわねえ。バルコニーまで連れて行ってくれないこと?」
車椅子に身を預けたまま老婦人は首だけで背後を振り返り後ろに立っていた青年に声をかけた。
「いい天気ですよ、おばあさま。暑くないですか?」
「ええ、平気よ」
青年はにっこりと微笑むと車椅子を押して柔らかな陽光の降り注ぐ広いバルコニーへ出た。テーブルの脇に車椅子を固定し、自らはテーブルの反対側へ椅子を引き寄せて腰掛ける。ほどなくメイドが紅茶のポットとカップを運んできた。そのままカップに注ごうとするメイドの手を留め、自分で2客のカップに注ぎわける。
「あなたいくつになったの?」
「十八歳です」
「そう、大人になったのねえ。おかあさまのお腹の中で死にそうになっていたのによくここまで元気で大きくなったわ」
青年はただ微笑んで頷いた。子供の頃から何度も聞かされた話だ。
しかし、今日は少し違っていた。
老婦人は静かに微笑みながら、ハンカチで涙を押さえている。
「……わたし、こんなに幸せでいいのかしらといつも思うのよ」
「どうしてなんです?人は幸せになる権利があるはずでしょう?」
老婦人は皺の深く刻まれた細い指を伸ばして青年の指に触れた。
「贖うことのできない罪は無いと思うけれど、消えて無くなる罪もないのよ。それでも……わたしは幸せだった」
青年は何も言わなかった。
黙って、老婦人の手を握り返した。
罪 -1- 深窓の令嬢
その古い西洋建築の屋敷はかつて、華族の邸宅だったという。
もともと敷地は広大で、陸上競技場がいくつか入るほどはあるだろう。
そんな土地と屋敷が必要だったかといえばおそらくそうではなく、父は事業の成功のモニュメントが何か欲しかったのだろうと思う。
生まれた時から住んでいる「家」だが、いつ頃からか椎多はその屋敷についてそういう認識でいる。
嵯院椎多は、大学生の時に急死した父の後を継いで「社長」になった。
ちょうど父がそれくらいの年の頃に興した小さな会社は、高度成長の波にのったこともあり、瞬く間に大企業へと成長し、椎多が継いだ後もなお成長を続けている。財界では二代に渡り成功を続ける青年実業家として有名人の一人に数えられるといっていいだろう。しかし、単に正攻法だけでここまで成長したかといえば決してそうではない。
知る人ぞ知ることだが、嵯院の家はもともと維新前からある古い極道の血筋で、現在もそういった組織──俗に言うやくざの組を持っている。とは言ってもよくある暴力団が隠れ蓑に表向き会社組織を装うのとは違い、単にトップが同じなだけの別の組織である。ただ知られてはいないだけで「表側」の企業の成功の陰に「裏側」の組が暗躍があることは事実だった。
そして、そうやって急激に巨大化していく企業が、評価の反面ことあるごと誹謗の対象になることはいたしかたないことともいえた。
上流と言われるカテゴリーに足を踏み入れると、そこでは例えば何百年前からの貴族だの武将だの大名だの豪商だのの末裔と言われる家柄の人間が幅をきかせていて、先祖は極道だ、などとても言えたものではない。それも清水の次郎長くらい有名人ならまだいいがせいぜいごく狭い地元でしか有名でない。好景気にのってうまく金儲けに成功した幸運な成金──「嵯院」に対する評価などその程度のものだった。
そういう扱いをされて頭にくることがないわけではないが、椎多はどちらかといえばそういった家柄というものに胡座をかいてただ先祖の遺したものを喰い潰してゆくしか能の無い連中はむしろ軽蔑している。
その当主、葛木紘柾は椎多の軽蔑する典型的なタイプだった。
一,二回しか会ったことがない。面識があるという程度のその男は、かつては栄華を誇った元華族と聞いている。しかし、今では家屋敷を抵当に入れねばならないほどの窮状だということは少し調べればすぐにわかった。かつての身分だけでやっていけるような時代ではないので、少しは事業を興してみたりしたこともあったらしいがどれもうまくいったためしがない。少しは智恵のあるブレーンがいるのだろうが、多少の収益ではこの当主がたちまち湯水のように使い果たしてしまうものだからまるで追いつかないのだ。
その当主が、「嵯院」に資金の援助を求めてきたというので椎多は思わず吹き出して爆笑してしまったものだ。
「おい、聞いたか。お公家様が金を恵んでくださいと泣きついてきたぞ。人のことを成金だなんだと馬鹿にしていたくせに。ざまあみろだ」
思い切り期待させてから断ってがっかりさせてやろう。
今の世の中、そんなに甘くないってことを身に染みさせてやる。
「だいたい金の無心をするのにこっちへ来いだと。お公家様の辞書には羞恥という言葉がないとみえる」
外出の準備をしながらひとしきり愚痴を垂れ流す。身支度の手伝いをしている長身の男はそれに対してうんともすんとも返事はしない。もっとも、それはいつもの事で椎多の愚痴はいつも独り言のようになっている。
目的地へ到着するとそこは嵯院邸に負けず劣らず広大な敷地を持った大邸宅だった。
「そんなに金に困っているならここを売り払ってしまえばいいんだ。今ならさぞ高価く売れるだろうよ。裏山も潰してゴルフ場にしてもいい。分譲地にするって手もあるな」
やはり独り言だ。
門には警備員の詰所があったが流石に話は通っていたらしくすんなり通された。屋敷の手前で先に降りるように促されたが、運転手と秘書とボディガードを兼ねた人間を一人連れているだけなのでそこでは降りず、駐車場までそのまま車に乗って行く。すると今度はゴルフ場のカートのようなものに乗って行けというので椎多は苦笑してそれを辞退した。
「金がないようにはとても見えないな」
先導する使用人には聞こえないようにひそひそと声を洩らす。
来客用の駐車場の奥に、高級車の4台ばかり並んだ車庫が見えた。あれはこの屋敷のものだろう。
「見ろよ、ウチより高級車が揃ってるぞ。あれ1台で使用人何人分の年収になるんだか」
やはり、返事はなかった。椎多は少し肩を竦めて溜息をつく。
そこへ、もう1台の高級外車が「戻って」きた。何気なくそれを目で負っていると、その車に一人の少年と、数匹の大型犬が駆け寄っている。車の扉の中から降りてきたのは制服に身を包んだ少女だった。
淡いグレーで襟に臙脂のラインの入ったブレザーに細かいプリーツのスカート、胸元にはラインと同じ臙脂色の大きなリボンが結ばれている。椎多も知っている有名なお嬢様学校の高等部の制服だ。
少女は車から降りるなり犬たちにじゃれつかれて無邪気そうに笑い声を立てた。顔立ちは大人びているがその仕草はまだ少女らしさを残している。少年──といっても中学か高校生くらいには見える──が少し犬を制しながら彼女から鞄を受け取った。おそらくあの少年もここの使用人なのだろう。
「当家の長女でございます」
椎多が少女に視線を投げているのに気付いたのだろう、先導者がそう説明した。そんなことは見ればわかる。
歩きながらそれでも少女の姿を目で追っていると、向こうもこちらに気付いたらしい。
にっこりと微笑んで、可憐に、そして優雅に礼をした。
「椎多さん」
頭の斜め上あたりから声が降ってきた。
「あまりじろじろ見ては失礼ですよ」
滅多に口を開かないくせにこのボディガード兼運転手兼秘書の馬鹿でかい男はそういう時にだけはハッキリとものをいう。
「………あの娘、可愛いなあ」
促されて足を進めながら、椎多は今度こそ本当の独り言をこぼした。
葛木紘柾はじろじろと椎多の姿を無遠慮に眺めると着席を勧めた。
「見事なお屋敷ですね」
そう心にも無い事を言いながら室内を見回すと、どこか殺風景な印象を受けた。おそらく以前は様々な調度品が飾られていたのだろう。そういったものが見当たらないところを見ると、まずはそのあたりを売り払ったようだ。
くだらない世間話ばかりでなかなか本題に入らない会見に、椎多は次第に苛々してきた。
「……端的に仰って下さい。そうでなければ交渉になりませんよ」
にこやかに微笑みながら刺すような視線を向ける。葛木はそれを正視できずに逸らしてしまった。同時にノックの音が響く。
遠慮がちにかちゃりと開いたドアの向こうから少し覗きこむように顔を出したのは先程の少女だった。
「お父様、お呼びになりました?……お客様?」
「ああ、おいで青乃。嵯院君、娘の青乃だ。こんど卒業でね」
私服に着替えた青乃は一層大人びて見えた。立居振舞いが育ちの良さを物語っている。
「青乃、嵯院椎多君だ。若いがやり手の実業家だよ。これから何かとおつきあいさせてもらうことになった。おまえも失礼のないようにな」
「青乃です。父がお世話になっております」
椎多は内心、別に何かとお世話する気はないんだがな──と思いながら青乃に対して会釈をしてみせる。そんな紹介をされたせいか、青乃の表情は硬かった。
さっきみたいな無邪気な笑顔がもう一度見たいな──
そう思ったが、青乃は硬い表情のまま無理に作った笑顔でもう一度ぺこりと頭を下げた。
「大変失礼ですがわたし、試験勉強しなければなりませんの。申し訳ありませんがもうよろしいでしょうか、お父様」
娘が退出するのを見送ったあと、父親は椎多を振り返ると卑屈にも見える笑みを浮かべた。
「嵯院君、あれは私の自慢の娘でね。どこへ出しても恥ずかしくないと思っている。……君はまだ独身だったね。誰か約束した娘さんでもいるのかね」
「……それは」
「もし君が娘を気に入らなかったなら仕方ないが、どうだろう、君の結婚相手の候補に入れてやってもらえないだろうか。娘はまだ18歳だが君とそれほど年が離れているでもない。お似合いだと思うよ」
椎多は一瞬酷く顔を顰めたが、青乃の父親には見咎められなかったようだ。
それはつまり、娘を嫁にやるから義理の親になる自分に資金を他の担保なしで提供しろとそういうことなのだろう。
「……確かに魅力的なお嬢さんですが、そんな大事なことをここで即答はできませんよ。考えさせていただきます。融資の件もね」
「いい返事を期待しているよ。君とは末永くつきあいたいものだ」
首筋のあたりがざわざわと粟立っているのを感じながら椎多はその邸宅を後にした。
「気分が悪い!」
嵯院邸に戻るなり椎多は大声で怒鳴り散らしながらあたりの家具に八つ当たりしている。
「椎多さん、家具を壊さないで下さい」
「紫!おまえも聞いてただろう!?あのクソ親父、自分の娘を売るって言ったんだぞ!」
紫と呼ばれた長身の男は溜息をついて倒れた椅子を直している。
「だったらどうしてあの場で断らなかったんです?そうしようと思えばできた筈でしょう」
「うるさい!」
確かにその場で断ればいい話だった。
断ったからといって、椎多側になんのデメリットもない。機嫌を損ねたからといってあんな没落貴族には何の力もないのだ。
「……あの子が可哀想だ」
ぽつり、と言うと椎多は紫を部屋から追い出した。
青乃のあの無邪気な笑顔が脳裡に焼き付いて離れない。
あんな娘を政略の道具にしようというのだ。
もしも、自分が断ったら──
葛木はきっと、次のターゲットを探して同じようにあの娘を餌に資金を得ようとするに違いない。
しかし、あの親父に甘い蜜を吸わせてのうのうとさせるのは腹立たしい。
椎多は何かを振り払おうとするかのように頭を激しく振った。
数時間そうやって堂々巡りを繰り返したあと、椎多は紫を呼んだ。
「──融資の話を受ける。彼女は俺が貰うことにしたから」
短くそれだけを伝えると椎多は疲れた、寝る──と言い捨ててドアを閉じた。
「嫌です」
気の強い青乃が懸命に涙を堪えながらようやく声を絞り出した。
「お父様、わたしまだ高校生なのよ。上の学校に進むつもりでお勉強もしてきたし外国へ留学してみたいとも思っているのに──」
言葉を切ると唇を噛み締め、再び父親をまっすぐ見据えて口を開く。
「結婚なんてまだ早すぎます。絶対に嫌」
「我侭を言うんじゃない」
父親は、娘の膝の上で固く結ばれた小さなこぶしを包み込むように手を重ねた。
「今まで、お前の望むことはすべて叶えてきてやった。どんな我侭もきいてきてやったつもりだ。お前は私の大事な可愛い娘だからな。だから、今度だけはお父様の願いをきいてくれ。おまえが彼と結婚してくれたらうちの事業に資金を援助してくれることになったんだよ。……それに、彼は能力があって若くてハンサムだと思うだろう?何が不満なんだい」
青乃は無言で立ち上がると部屋を飛び出した。これ以上会話を続けると号泣してしまいそうだった。父の自分を呼び止める声が疎ましく思えて仕方ない。
「お嬢様?どうなさったんですか」
「紋志──」
少年は4頭の犬のリードに引きずられるように庭を歩いていた。犬たちが青乃に向かって駆け寄るのにやはり引きずられて少年──紋志も青乃のもとへ足を運ぶ。
「紋志、わたし──」
青乃は何と言っていいかわからずただ唇を噛み締めて俯いた。その拍子に涙がぽとりぽとりと雫となって落ちる。
父はわたしをあの男に売り飛ばしたのだ。
高価な家具や、絵画や、美術品や、もっと沢山あった車が一台ずつ減ってゆくたび、父が金に困ってきているということは薄々気付いてはいた。青乃は箱入り娘だが馬鹿ではない。自分が通っている有名私立女子高を卒業したら、勉強は続けたいから国立大学へ進もうと思っていた。今より少し贅沢を慎めば暮らしてゆけないほど窮することなどありえない。
他にもいくらでも方法はある筈だ。
なのに、父はそんなほんの少しの辛抱よりも、溺愛していた娘を売ることを選んだ。自分は応接室などから消えていったものたちと同じ程度だったのだ。
それに、あの男──
庭で見かけた時は優しそうな人だと思ったのに。
あの男がこの話を提案したのだろうか?それとも父の方から?
「お嬢様?」
心配そうに紋志が青乃の顔を覗き込む。青乃はそれには答えず、一頭の犬の首を抱きしめてその場に座り込んでしまった。
使用人ではあるが紋志は青乃にとって唯一友と思える人間といえた。幼い頃から側にいる幼馴染のような、弟のような──。青乃には学校のクラスメイトにも心を許せる相手はいなかったし、紋志の他には正直な心情を吐露できる相手はいなかったのだ。
その紋志にも、今のこの気持ちを吐き出すことは出来なかった。
それを紋志に告げることは、自分の少女時代の終焉を宣言するのと同じだ。
紋志は、青乃が自ら話そうとしないことは無理に聞き出そうとはせず、ただ黙って青乃の隣に座っていた。
父がそうと決めた話を、拒否することはできない──
1週間あまり、青乃は殆ど寝付けもせず足掻きつづけたが結局それしか結論は出ないということを確認することにしかならなかった。
いっそ、家出や自殺未遂でもして抗議しようかという思いもよぎったが、それも出来ない。
わたしは、自分で自分の運命を変える勇気もないのだ──
ならば、父やあの男を批難する資格などありはしない。
いまだ割り切れない思いを胸に、青乃は父の前で結婚を承諾すると伝えた。
「……わたしがいくら嫌と言ってももうお断りすることはできないのでしょう?ならお願いがあります」
従うしかないなら、譲りたくない願いがひとつだけある。
父はあからさまにほっとした顔で、上機嫌に笑みをこぼしながら娘の頭を幼い頃よくしたそうしたように撫でようとしたが、青乃はそれをさりげなく避ける。もう父に触れられることすら嫌だった。
「……なんでも言ってごらん。お父様にできることならなんでもしてあげるよ」
「嫁ぎ先に紋志を連れて行きたいと思いますの」
少し──父の顔色が変わった。
「それは無理だよ、青乃。メイドや警備の人間は連れて行ってもいいが、紋志もいつまでも子供ではない。先方になんと誤解されるか」
「お願い、お父様。小さな頃からずっと一緒だったのよ。紋志と一緒でなきゃ不安なの」
「駄目だ。──まさか、おまえたち……」
父の目が疑惑に満ち溢れているのを青乃はすぐに察知した。
「まさかって何ですの?わたしと紋志が?そんな風に見てらしたの?酷い──」
客観的に考えれば、青乃も紋志も年頃の若い男女なのだからこっそりと恋愛関係にあると思われても無理はない。しかし、青乃の潔癖な心にはそのように疑う父の目こそが汚らしくいやらしいものに映る。
恥ずかしげもなく屋敷内に愛人を多数囲っているくせに。
わたしが知らないとでも思っているのだろうか──
要するに、わたしが本当に望むものは、この父親は与えてはくれなかったのだ。
確かに今までなに不自由なく大事に育てられた。それを感謝しないわけではない。けれど、青乃は一見自分を溺愛する父親から本当の愛情を感じたことはない。
両親の夫婦仲は悪く、母親は娘を疎んですらいた。生きてはいるがもう何年も顔も見ていない。
兄はいるけれど病弱で一緒に過ごした記憶もない。
有り余る贅沢よりも、家族の暖かい温もりが欲しかった。
毎日食卓にのせられる豪華な食事も、学校への行き帰りに乗っている車も、父が燻らせているパイプも、地下のワイン倉に並んだヴィンテージもののワインの数々も──そのどれよりも自分は父にとって価値のないものなのだ。
孤独と絶望が徐々に青乃を侵食しはじめていた。
紋志が姿を消したのは、翌日のことだ。
「……ねえ、紋志はどこ?犬たちの散歩を他の者がやっていたわ。あれは紋志の仕事でしょう?」
ざわざわと嫌な予感を恐れながら青乃は執事に尋ねてみる。
「青乃お嬢様、紋志には暇を出したのですよ」
嫌な予感が的中した。あの、青乃と紋志の仲を疑った父の目。思い出したくもないのにそれが脳裡をちらつく。
「──お父様ね?どうして?わたしがあの子を連れて行きたいと言ったから?あの子はまだ中学生なのよ?いきなり放り出してどうやって生きていくっていうの」
「自分で生活費を稼がなくても大学まで行って卒業するまでは充分食べていけるだけの金は与えました」
耳を疑った。
一方で、融資を受ける為に娘を売り払うくせに、邪魔な人間を追い払う為に渡す金はあるのか。
「──もういいわ」
青乃はもう涙すら出てこないことに気付いた。
もしかしたら紋志は、わたしのような我侭なお嬢様の相手をすることに飽き飽きしていたのかもしれない。大金を渡されて喜んでここを離れたのかもしれない。だから、わたしに一言も告げずに姿を消したのかも──
幼い頃、孤独に押しつぶされそうになって泣いていたわたしに、ずっと側にいると約束してくれた紋志。その紋志も金の力でわたしのもとを離れた。
もう何も信じられない──
闇が、青乃の足元からその心を絡め取ろうとしていた。
Note
「The Ultimate Sin(究極の罪)」という仰々しいタイトルは、この話をネタで楽しんでいたメンバーの一人が持ってきたものでした。略して「TUS」。この元の話の主人公は、この「1」にもちらっと出てくる「紋志(もんじ)」と、「12」にならないと出て来ない「邨木佑介(ユースケ)」でした。この二人に苦難を与える(?)役回りとして青乃(当時は「若奥様」と呼んでいました)が登場し、その夫のさらに悪役として登場したのが「嵯院椎多」でした。(実はこれが私のHNでした…)
この椎多を主人公にしたスピンオフ群が「Sin.co MainTales」の大量のお話なんですが、そうやっているうちに設定とか諸々が整理されてきてでは「TUS」を嵯院や青乃目線で書き直してみようとしたのがこの「Re:the Ultimate Sin」になります。なので青乃と椎多が結婚するところから話が始まります。
TUSの物語のスタート地点には、実は「13.籠の鳥」でやっと到達したところ。10章から構成されていたTUSのまだ1章あたりの話までしか書けていません(笑)。(何年もブランクがあいているとはいえ)手掛けてから20年も過ぎると、誰に見せるでもなく自己満足の塊だとしてももうこれはライフワークです。元の話のデータが吹っ飛んでしまって現存しないため、ゴールとチェックポイントが決まっているだけの新作だと思ってなんとかゴールさせたいと思います。