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悪 戯

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「今日は暖かいな」

 窓の外をぼんやりと眺めながら七哉が呟く。
 桜が咲き始めているとはいえ、まだ肌寒い夜が続いていた。
「──鴒はどうしてた?」
「相変わらずです。最近生意気な口を利くように」
 紫の答えに、七哉は少し笑った。
「あいつは椎多の3つだか4つ上だったか。椎多があれだけ生意気なんだから鴒だって生意気になっても不思議じゃない」

 リョウ、というのは以前七哉が使っていた殺し屋の遺した息子だ。

 とある大仕事にひとりで臨み返り討ちにあって命を落とした殺し屋『鷹』。

 いくつもの困難な仕事をこなしてきた優秀な殺し屋だったその男は、七哉にとっては少年時代から兄弟のように側にいた友人でもあった。

 本人がやると言い張ったとはいえ、通常なら何人もの補佐をつけていたであろう仕事をひとりでやらせてしまったことは七哉の中に消えない後悔として刻まれていた。

 殺し屋でありながらも家庭も持っていた鷹。妻は病ですでに先立っていたが、一人息子と表向きの商売である模型店を経営しながら暮らしていた。

 父の死に伴い孤児となった鴒に、一定の生活費をずっと渡しているのは七哉にとっては当然のことだったのだろう。
 18歳になるまで、という約束なのだが、それもあと数年のことだ。

「射撃の練習をしているようだったので諌めておきました」
 

 声に表情はないが、口を開くまでの間がこの話題を出すのを紫が少々躊躇ったということを示していた。
「あいつは父親の裏の仕事を知っていたのか」
「それはわかりません。ただ、モデルガンではなく本物の銃の扱いは習っていたようです。そのうち殺し屋になるとでも言い出しかねない」
「あんな子供に殺し屋はさせられんよ」

 煙草をゆっくりと灰皿ににじり消すと七哉は冷めたホットウィスキーを口に運び、苦笑した。

「他に生きる道を知らない人間がやるもんなんだ、ああいうのは」

 

「……俺のように?」

 紫の言葉に七哉は答えず、ただ笑った。
 酒が少し効いてきたのだろう、椅子に深くもたれかかると目を閉じる。

「俺が昔おまえを拾わなかったらおまえはどんな生き方をしたんだろうな」
「そんなもの想像もできないししたくもない」

 薄く目を開け、そこに立っている紫の顔を見上げる。

「……おまえがいなかったら俺はどうしてただろう」
 微笑んで、両手を差し伸べる。

 暗黙の了解のように紫は足を進め、七哉の前で膝をついた。背もたれに沈んだ七哉の肩口に顔を埋めると、差し伸べられた腕が紫の肩をふわりと温める。

 咲き誇って存在感を放つ桜がひらひらと花弁を散らしてしまうように、腕の中のこの存在がひらりと消えてしまうような不安にふと駆られて紫は一瞬きつく抱きしめた。

 小さな笑い声が聞こえる。
 笑いながら、こめかみにかかった髪をかきあげて額に接吻ける。
「七さん」
 微笑みながら何か言おうとしてふと言い澱んだ七哉の唇を紫は静かに塞いだ。

 唇の形を確かめるように丹念に啄んで、少し遠慮がちにその奥へと入り込むと七哉はそれをむしろ少し乱暴に出迎えた。

 七哉の両手の指が髪をくしゃくしゃとかき回し、呼吸が乱れ始めるのを感じて紫は一瞬唇を離す。

 少しとろんとした目になっていた七哉がぱちぱちと瞬きをしたかと思うとにっこりと笑った。

「そうだ、忘れてた」
 ふと視線をどこかへ投げ、紫の耳元へ唇を寄せる。

「──愛してるよ、紫」

 しかし、すぐに身を離して紫の顔を見ると七哉は大きく吹き出してしまった。
「なんて顔してるんだ、バカだなあ」
 抗議する言葉も出ないくらい動揺していたらしい。ただ心臓が飛び跳ねて全身から一度に汗が噴き出してくるような気がする。
 腹を抱えんばかりに笑いながら当の七哉はチェストの上の置時計を指差した。

「もうすこしで4月1日が終わるとこだった。びっくりしたか?」

 

 見ると、時計は11時55分を指していた。
「……………びっくりしました」
 爆笑しながら七哉が紫の頭を叩く。紫はそれを睨みつけ、立ち上がると軽々と七哉の身体を担ぎ上げた。そのままベッドまで運び、投げ下ろすように乱暴に降ろす。


「俺を怒らせましたね?」

 七哉はまだ笑い続けていた。

 紫は、忘れていたのだ。

 その置時計は、10分遅れているから直せと七哉に指示されていたものだったということを。

*the end*

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*Note*

「悪戯」は「昔日」系の話。 確か、ちょうど四月馬鹿に合わせて書いたんだと思う。 リョウの話題が出てくるのでここに置いた方がいいかと思って。 でも単に七哉と紫のラブラブ話(笑)。隠してたってこの人らのこの空気って椎多は絶対察知してるよね。こいつら絶対やってるだろって椎多はほぼ確信してたわけだけど絶対空気ダダ洩れだったんだと思うわ。

 紫は可哀想な最期が待ってるのが判ってるのでせめて幸せな過去話でも書いてあげたい気分だったので書いたやつでした。(で、よけいに悲しくなると)

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