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 接待は大嫌いだ。

 立場上、接待をすることもされることも日常茶飯事ではある。しかし正直なところ、どうしても好きにはなれない。仕方ないからしているだけである。


 今日は嵯院椎多が接待を受ける側だった。
 受ける側なのだから嫌なら嫌と言えば済みそうなものだが、そういうわけにもいかない。
 自分よりずっと年上の人間が米搗き飛蝗のようにぺこぺこしたり、料亭や高級クラブなどより居酒屋やキャバクラが似合いそうな若造が慣れぬ敬語でご機嫌取りをするのを見ていると心底うんざりした。接待を受けるのが大好きな人間というのは所詮、周りの人間がこうやって自分を持ち上げてくれることで自分の地位を確認したいつまらぬ人間なのだろうと思う。


 クラブのママが優雅に会釈する横で、鋭角かと思うほど頭を下げる男達を尻目に車に乗り込むと漸く深く息をついた。
「組長、最後には早く帰りたいって顔に書いてありましたよ」
 一緒に車に乗り込んだKは笑い含みだ。


 流石に人前ではそうは呼ばないが、現在でもKは椎多を「組長」と呼ぶ。既に組とは殆ど接触せず椎多の秘書業務とボディガードが主な仕事になっているにもかかわらず。習慣のようなもので、椎多もそれを直させようとはしない。


「あの程度の連中を接待に遣すんだから会社全体の程度も知れてるさ。それとも俺は舐められてんのか?」
 嘲笑を浮かべ窓の外に目をやる。
 ふと──視線が止まった。


「ちょっと待て」
 車はまさに発車しようとしていた。それを制止する。

──誰かが、見ている。

 まだ人通りの多い繁華街。この界隈ではそれなりにクラスの高い人間が上品そうなホステスたちに出迎えられたり見送られたりしている。
 その中で、ジョギングの途中のようなスウェット姿の大柄の男が立ち尽くしているのが妙に浮いていた。
 そして、椎多を見ている。
 否、椎多の乗り込んだ座席の窓はシールドが貼られている。おそらくは、椎多が車に乗り込む前からずっと見ていたのだ。

 前にも同じ場面があった。デジャヴュではない。確かに、同じ男が、同じように突っ立って俺を見ていた──

 距離はけっこうあるから、顔の細部まではわからない。まして、フードを被っている。しかし。


 それは知っている顔に似ていた。

 男は、椎多が車に乗り込むのを確認したかのように顔を逸らして駆け出した。
「──車を回して、あの男の前に回りこめ」
 不機嫌な顔をさらに険しくして運転手に指示する。
 あの男が向けていた不躾な視線は、こちらを狙っているにしてはあまりに無防備だ。たまたま見ていただけかもしれない。人間ウォッチングが好きな人間には時々相手に対して失礼とも思わずに無遠慮にじろじろ見る輩も珍しくはない。
 しかし、どうしても何かがひっかかった。

 本当に「似ている」のかを確かめたくなったのだ。

 角を曲がると、果たして、そのスウェット姿を容易に発見することができた。
 何事もなかったように──
 男はジョギングしているようだった。
 男の少し前方に車を止めさせる。
 男は、立ち止まった。
 窓を開け、その顔を確認する。
 やはり、よく知っている顔に似ている。
 似ているとは思うが同じではなく似ているだけで他人の空似であることは間違いなかった。

 

 ただ──
 目だけが──

「さっき、私をじろじろ見ていただろう。何の用だ」
 その目を睨むように見つめながら詰問した。まだ胸のどこかに何かがひっかかっている気がする。男は、酷く困惑した顔をした。答えることが出来ずにいるようだ。椎多は次第に苛々してきた。
「おい──」
「何の用?」
 するりと黒い姿がスウェットの男を遮るように視界に滑り込んだ。

「鴉!?」

──オレの先生だった人を殺した彼に死の報いを。

 忘れようとして記憶の底に沈めていた筈のあの時の鴉の声が耳の奥に蘇る。フラッシュバックのように、いくつかの場面が断片的によぎり、一瞬吐き気がした。が、それは顔を顰め唇をぎりっと噛み締めてもちこたえる。

「久しぶり。オレの男に何か用?」
「なんだと?」
「聞こえなかった?これ、オレの彼氏。別に君を狙ってるわけじゃないから気にしないでよ」
 椎多は顔を顰めたまま鴉と男を見比べた。鴉はそれを面白そうに一瞥するとくるりと方向を変える。
「正体がわかったとこでお開きだね。じゃ」
「待てよ!」
 思わず車のドアを開け、外へ出た。腕を掴もうとするがするりと逃げられる。鴉の腕をとろうとして捕らえられたためしはない。
「……久しぶりでそれはそっけないな。どうだ、たまには仕事の話抜きで一杯」
 心にもないことを言ってしまった。鴉は以前とどこも変わらぬ様子でくすくすと笑っている。
「椎多と一杯?ぞっとしないなぁ──雄日」
 スウェットの男を振り返るでもなく呼びかける。男の名前は雄日というらしい。
「雄日は先に帰ってて。いいね。寄り道しちゃダメだよ」
 雄日と呼ばれたスウェットの男は困った顔のまま小さく頷くとそのまま踵を返してまたジョギングよろしく走り出した。
「おい──」
 その男を同席させたかったのに逃がしてしまった。小さく舌打ちして再び鴉を振り返る。
「……おまえの『男』にしちゃ随分従順だな」
 スウェットの後姿を見送りながらあてが外れた悔しさ紛れに呟く。


「オレの言うことならなんでもきくよ。可愛いでしょ」


 どこか、含みのある顔で鴉はまた笑った。

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──どうもこの店にはいい思い出がない。


 出来れば避けたかったが迂闊に自分の領域の店を選ぶと誰に会うかわかったものではないし、かといって鴉の連絡先にしている飲み屋では落ち着かないうえに悪酔いしそうな安酒しかない。結果、この店が最適ということだろう。


「お元気そうで」
 マサルはにっこり笑った。


 しかし、どこか居心地が悪い。
 ここは、自分のテリトリーではない。
 鴉の、澤の、睦月の、そして──

 鴉はマサルと他愛もない世間話をしている。
 二度と鴉の顔など見たくないと思っていたのに、時間というものは優しいのか残酷なのかわからない。
 椎多はここへ座ってから殆ど言葉らしい言葉を発していなかった。マサルが話をふってきても、相槌程度の返事しかしていない。


「どうしたの?何か話があったんでしょ。久しぶりに仕事でもまわしてくれるの?」
 にやにやと嫌な笑いを浮かべて鴉が椎多の顔を覗き込んだ。それが不快で少し顔をしかめて目を逸らした。

「あれは──誰だ」

 口をついて出たのは捻りも策もないストレートな質問だった。実のところ、それを聞きたいためだけに鴉を引き留めたのだ。


 どうせ、正直な答えなど期待できないことは判っていたのに──


「あれって、雄日のこと?」
 予想通りという顔で鴉はグラスの酒をちびりと口に運ぶ。目の端でマサルがあちらを向いたのが見えた。
「別に誰でもいいじゃない。椎多には関係ないでしょ?オレの彼氏のことなんか」
 そんなことは承知の上なのだ。鴉が誰とつきあおうが知ったことではない。しかし。

 

 冷静に考えればただの偶然でただの他人の空似のはずなのに。
 尋ねずにはいられなかった。

「あいつ──似てるな」

 鴉はなにが可笑しいのかぷっと吹き出した。
「気が付いた?オレもさ、最初驚いたよ。それからオレって実はファザコンだったのかなあってね」


 鴉自身も認めた。

 喬──殺し屋・『鷹』に、あの男は似ているのだ。

 父の親友でもあった殺し屋。椎多が子供の頃に死んだ、鴉の父親。
 近くで見てみれば瓜二つというほどでもない。しかしそれは椎多の遠い記憶の中の喬の面影に重なる。
 単に、それだけのことだ。

 鴉は偶然父親に似た男と出会って、付き合うようになった。それだけのことなのだ。そもそも鴉が誰かに本気になるなどということが本当にあればの話だが。

 そう考えようとしても、一向にもやもやは晴れなかった。

 あの男の名は『ユウヒ』というらしい。

 それは、かつて英二の口から聞いた名だ。

 かつて殺し屋として活動していたという英二の"師"の名前。つまりこの店、谷重バーの先代のマスターであり、『鷹』の"師"でもあった殺し屋が確か、そういう名前だった。

 それも、偶然だというのか?


「あれも、殺し屋か」
「その質問には答えられないよ。わかるでしょ」
 殺し屋には見えなかった。喬も殺し屋には見えなかったが『ユウヒ』とは違う。『ユウヒ』が顔や体型こそ確かに喬に似ているがどこか気弱な、臆病な人間に見えた。そこだけは本人とは正反対だ。もっとも──椎多も自分の子供の頃抱いていたイメージでしか比較することはできない。見えないからといって違うとは言い切れないし、ならば尚更椎多にそれを告白する謂れはない。


「雄日に興味あるの?オレの男にちょっかい出さないでよ」
 くすくすとからかうような笑い声がカウンターを転がる。
「椎多だって今は新しい男とラブラブなんでしょ。もういいかげん落ち着けば?」
「誰が」
 椎多の思考を遮ろうとでもしているかのように、鴉のからかい声は続く。
「知ってるよ、お医者さんでしょ。こんどはまた地味な男を選んだね、たいしてモテそうもない。それともあっちがすごいのかな」
 茜のことを言っている。こちらは鴉のその後のことは知る手がかりもなかったが鴉はこちらの動向をちゃんと掴んでいたようだ。椎多はうんざりした顔を見せて視界にちらつく蚋を追い払うように手を振った。
「ああ、駄目駄目。あっちもなにも地味で退屈。なにがラブラブだよ、笑わせんな」
 鴉はそう言った椎多の表情に何故か一瞬だけ笑いをひそめて──手元のグラスを呷った。

 グラスを一杯干しただけで、椎多は席を立った。やはりどうにも居心地が悪い。
 待たせておいた車に乗り込むと座席に深く沈みこみ目を閉じる。


「おい、憂也」
「はい?」
「おまえもさっきのスウェットの男を見ただろう?どう思った」
「どうって……なんかドンくさそうなヤツでしたね。ぼーっとして。なんかヘンなクスリでもやってんのかと思いましたよ」


 Kは当然ながら喬の顔など知らない。だから顔の造作ではなく全体を評する。当然だ。
 "喬に似ている”以外の”何か”が、喉の奥に刺さった小骨のようにちくちくと椎多の胸を刺激している。


 茜に初めて会った時には見たことのある顔ではないかとそれが思い出せず苛々したものだったが、その感覚とも少し違う。喬に似ているという事実が鮮明すぎて、それ以外ははピントの合わない写真のようにぼんやりとつかみどころがない。

 しかし、それを追及してはいけない──そんな気がした。

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 あれは誰だったろう。

 確か以前もあの場所で彼を見かけたのだった。そしてやはり自分は彼の姿から視線を逸らすことができなかった。

 

 雄日は部屋に帰るなりスウェットを脱ぎ捨て一気に熱いシャワーを浴びながら懸命に記憶を辿っている。


 やはり彼は前にも気付いていて、だから今日ああして尋問にきたのだろう。
 何の用だ、といわれても困る。
 ただ、見ようと思って見ていたわけではないのだ。目が逸らせなかっただけで──

 あの男を見た時、名前を呼べば何もかも思い出す気がした。だから、彼は『雄日』になる前の自分が知っている人間だと思った。
 しかし、彼は雄日のことを知らないようだった。何かを探るようにじろじろと見てはいたが、見知った人間に話し掛けている表情ではない。


 あれは、単なる思い違いだったのだろうか。

 タオルで身体を拭きながら冷蔵庫のビールを呷り、半分も飲まずにテーブルに置いてベッドにもぐりこんだ。

 頭が鈍く痛む。
 鴉は彼と飲みに行くと言っていた。鴉の知り合いではあるのだ。

 

 ベッドに潜り込みはしたものの、一向に眠気は訪れない。まだ深夜にもなっていないのだから無理もなかった。だが、他に何もする気にならなかった。


 鴉はまだ帰ってこない。
 目を閉じれば逆に頭は覚醒していくようで、やはり眠気はこない。

 

 まだ──帰ってこない。

 彼の顔を瞼の裏に思い浮かべてみた。
 知り合いではなかったのなら間近で見たのは初めての筈だ。
 今にも噛み付きそうな顔で睨んでいた。
 少し表情を緩めてくれないか──

 表情──を───

──わなければ──ら手放───ない──

 おまえなら出来るっていうのか?


 身体が飛び跳ねるような感覚で目を開けると電灯の光が目を刺した。


──眠って──いたのか?


 シャワーを浴びたばかりなのに汗だくになっている。
 時計に目をやると、帰宅してからもう3時間は経過していた。眠気がこないこないと思っているうちに眠りに落ちていたようだ。
 夢を、見ていたのかもしれない。それは一瞬のうちに手の届かない彼方へ遠のいてしまって何一つ思い出せなかった。
 戻らない失った記憶を思い出そうと辿っているのと似ている。いつも、何か思い出せそうなのに手を伸ばすと逃げるように霧散してしまうのだ。
 ただ、彼が夢に出てきていた気がした。

 鴉はまだ帰ってきていない。
 もういい加減一人でいることに慣れてもいいと思うのだが、こんな風にぽつんと部屋に一人で残されていると自分の存在そのものを信じられなくなってくる。それは治っていない。
 鴉に見捨てられたら──
 今見た夢が霧散したように、この身体もすべて霧散してしまう。


 鴉が、悔谷雄日の世界の神であるかのように。

 これ以上彼に近づかない方がいい。
 きっとそれは神に背くことになる。

 また眠れないと思いながら目を閉じる。
 目を開けると、まるで何事もなかったかのようにこの世界の神は寝息を立てていた。

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 深夜の待合室は最低限の照明しかなく、ひどく薄暗い。


 そのくせ、そのベンチには常に何人かの人間が腰掛けているし診察室には慌しく医者や看護婦が出入りしている。
 重病人や大事故による怪我人などがそう頻繁に運び込まれるわけではないが、繁華街の近さもあいまってどちらかといえば急性アルコール中毒で運び込まれる人間が多い。あとは、急病の子供か──。


 待合室にうろうろしている人間は大抵そうやって患者に付き添って待たされている連れの酔っ払いだったりする。患者が子供ならば母親は処置の間も子供に付き添っているためだろう。
 そのせいか、病院の待合室だというのにどうかすると酒臭い。もっとも、付添い人は一様に酔いの醒めた疲れた顔をしていた。学生らしき若者、不安げにきょろきょろしている若い娘、ネクタイをだらしなく緩めたサラリーマン。
 処置が済んで返されるものもあればそのまま病院に泊められるものもある。そうこうしているうちにまた一台と救急車が到着する。


 週末の繁華街近くの病院など、こんなものなのかもしれない。決して大きくはない病院だが、その地区で救急指定されているため深夜にはよくある光景になっていた。
 夜間入口はどこかと連絡を取ろうとしている付き添い人が入れ替わり立ちかわり出入りしては外で携帯電話を片手に話している。

 例えこの付添い人に紛れて他の目的の人間が紛れ込んでも、誰も不審に思わない。

 雄日はコートを脱いで腕にかけ、待合室と処置室や手洗いのある付近を所在なげにうろうろした。くたびれた背広と緩めたネクタイは、待合室に居並ぶ付き添いの酔っ払いたちとなんら違和感がない。
 一瞬医者と看護婦の出入りが途切れた隙に傍にあった扉に滑り込む。この時間にこの扉の中に誰がいるのかは下調べ済だ。事実、先程目的の人物がここへ入るのを視認している。
 衝立の向こうに白衣の背中が見えた。
 時折隣室との境のドアの方から看護婦の声が聞こえるがその扉からこちらは死角になっている。デスクに向かった医師は時折そちらに向かってちょっと待って、などと返事していた。背後のドアから侵入者があることなどまるで気付いていない。
 その背中に向け、コートに隠したサイレンサーを発射する。カルテを書いていたらしい医者はそのまま机につっぷして倒れた。


 すぐにその扉からまた滑り出──


「痛くない痛くない、ほおら、お注射してもらったからもうお熱も下がるからね」
 扉を出たところに──
 子供を抱いた女がいた。
 目が合った。


──しまった。

 顔を見られた。

 女は、ほんの少し戸惑った顔をした。

 いけない──
 口を塞がねば──

 すぐに、ここは騒ぎになる。そうなればこの女は容疑者を目撃したことになる。
 待合室にひしめく酔っ払いどもは互いの顔など見てはいないだろうが、この女にははっきりと顔を見られた。


 咄嗟に女の腕を掴み扉に押し付けた。
 おそらく、ほんの一瞬のことだ。
 女は悲鳴を上げる間も無かった。


 ただ、雄日はその一瞬、意識を失ったかと思った。

 女は、子供を抱いたまま、目を見開いたままそのままその場にへたりこんだ。同時に腕に抱かれた子供が火のついたように泣き始めた。

 なかば呆然としたまま、待合室を突っ切り表に出る。
 予め確認してあった経路を予定とは違い走って逃げる。鴉が車で待っている。
 乗り込んだ車の中で暫く身を潜める。ややあって鴉は車を発進させた。病院の方へ向かって。
 今になって、夜間入口の付近は賊を探して走り出ている者が騒いでいる。その横を何事も無かったように走り抜ける。
 警察無線を拾いながら検問を避け30分ほど走ると、後部座席に隠れた雄日に向かって鴉は不機嫌な声を投げた。


「……しくじったの」


 標的はしとめた。
 しかし、予定外の人間を殺してしまった。
 確かに、雄日はしくじったのだ。

 しかし、雄日が震えているのはそんなことのためではなかった。

 鴉の声も聞こえていないのか、雄日はガタガタと震えながら大柄な身体を縮めている。
「──雄日?」
 明らかに不機嫌な、怪訝な声を再度投げる。が、雄日は答えなかった。
 車を停めたマンションは普段雄日が住んでいるものではなく鴉の隠れ家のひとつだった。
 音を立てぬようにまだ震える雄日を車から降ろし、部屋に到着する。灯りをつけると雄日は顔色をなくして脂汗をかいていた。
「どうしたの、もう大丈夫だよ。でも次こんなへまをやったら……殺すからね」
 鴉は眉を寄せたまま軽く雄日の頬を叩くと、雄日のカッターシャツを脱がせて血がついてはいないか点検し、バッグに押し込む。
「シャワー浴びてきなよ。ひどい汗だ」
 命令して背を向ける──と、背後から覆い被さるように硝煙臭さ交じりの雄日の身体が鴉の細い身体を捕らえた。
「雄日!」
 鴉の怒った声にも、雄日の腕は緩まなかった。
 汗ばんだ掌が鴉の服の下へ潜り込みその肌を余裕なく這いまわる。乱れた息遣いが耳に届く。
「シャワー浴びなって言ってるの。聞いてる?」
 ”従順”なはずの雄日は、鴉の言葉などまるで聞こえていないかのようにそのベルトに手をかける。
 獣じみている。
 ろくな前戯もなく強引に貫かれ、鴉は小さく悲鳴をあげた。
 ようやく柱に手をかけるのが精一杯であとは雄日の懐に抱きすくめられたままひたすら揺すぶられた。何度も、何度も──


 ベッドに移動しても、やはり雄日は鴉の制止を聞き入れなかった。
 何度目かに、まさに果てようかという時に初めて雄日は泣き出しそうな顔になり──
 声にならない呟きを鴉の耳元に落とした。

──俺は──誰?

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*Note*

​さて「梟」の章で出て来てそのままになってた鴉と”雄日”に何かが起こり始めました。そう、「梟」の章では鴉と椎多って一度も顔を合わせてないんですよね。あの諸々の裏で鴉と雄日が暗躍していたことは椎多は全然知らなかったわけです。この人たちの道が交差することが今後もあるんでしょうかね。

​この事件は2007年の年があけてまだ春が来る前くらいの話。いつのまにか椎多も40歳になってます。

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