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写 真

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「おまえのひいじいちゃんはなあ、この街で最初に西洋医学の病院を建てた人だったんだぞ」
 それは祖父の口癖だった。


 祖父は、自分の父親を崇拝と呼んでも差し支えないほど尊敬していた。
 高価な宝物か高額な有価証券でも入っていそうな桐の箱に父親の遺品の数々を大切にしまっておき、時折こっそり──『こっそり』という言葉がぴったりだった──俺に見せてくれたものだ。それは民族博物館かなにかにでも並んでいそうな年代物の医療器具であったり、酸化してぱりぱりになってしまったカルテであったり、数枚の写真であったりした。
 俺もまたそれらを見せてもらうのが大好きで、年寄りの長話に退屈するでもなく祖父のもとへ足しげく通ったものだった。


 何故か俺は父や兄たちに幼い頃から疎まれていたので、自然と自分を可愛がってくれる祖父へ気持ちが向いていたのだろう。


 俺のお気に入りはカルテでも注射器でもなく、その数枚の写真たちだった。
 少し祖父に似ている曽祖父の写った古い写真は、何処か不思議な美術品のように思えたのだ。

 中でも特にお気に入りの写真があった。

 背景はぼやけていてわかりにくいが、カーテンや窓が写りこんでいるのでどこかの洋風建築の部屋の中なのだろう。3人の人物が固い表情で佇んでいた。曽祖父の時代だから、写真を撮るのは一仕事だったのだろう。けれども、俺はその人物たちが不思議なほど身近に思えて仕方なかった。


 一枚の写真を飽きもせず穴が空くほど見つめてばかりいる俺をどう思ったのか、ある日祖父は苦笑しながらその写真を俺のまだ小さい掌の上に乗せ持って帰れと言った。そして、それほど気に入った写真なら粗末には扱わんだろう、おじいちゃんの宝物なんだから大事にしろよ──そう言って俺の頭を乱暴に撫でた。
 俺は大喜びでそれを持ち帰り、母にねだって写真立てをもらってそれに収め、部屋に飾った。ある程度智恵がついてくると、古い写真なのだから傷まないようにとコーティングを施した。
 勤めていた病院を辞めて家を出るとき俺は自分の荷物というものを殆ど持たずに出たのだが、その写真だけは身につけていた。

 いったい何故、そんなにもこの写真に惹かれたのか──

 いまだに判らない。ただ──


 俺は運命という言葉は嫌いだ。
 なのにその時、それは彼に出会う為だったのではないかと俺は思った。

 思って、少し笑えた。

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「でね、たまたま……ほんとにたまたまなの。夜中で真っ暗なのになんとなく階段あがってなんとなくあの部屋のドアを開けてみちゃったのね。空き部屋はお掃除に入るから鍵はかけてないじゃない?だから開いたのね。そしたら──」
 みずきは小さく身震いをしてシーツに身を隠すように包まった。


「窓辺になんだか白いぼうっとした姿で、誰か立ってるの。あたしがびっくりして見てたらその人が振り返って、あたしの顔を見て、がっかりしたような顔して溜息ついて、それですうって消えちゃったの」
 

「がっかりされたのか、幽霊に」
 椎多はぷうっと吹き出すとみずきを抱き寄せ宥めるように髪を撫でた。みずきは頬を膨らませて口を尖らせている。
「くみちょう、怖い話をしてるのに笑わないでよ」
「だっておまえ……怪談には時期遅れだろう。それに幽霊が怖くてよく殺し屋なんか務まるな」
「それとこれとは別だもん。自分が殺した人なんか出てきたことないよ。全然知らない人だから怖いんじゃない」
 そんなもんかなあ、と首を捻る。

 嵯院邸の元の建物は、七哉がまだ若い頃──結婚する少し前に七哉が買い取った屋敷である。もとは華族の屋敷だったという。戦後進駐軍に接収され占領が終わった頃にはもとの主だった家自体が没落しており所有主に戻ることはなかった。それを七哉が買い取ったという次第らしい。
 そのような古い屋敷なら、古い幽霊が棲みついていても何ら驚くことではないと椎多は思う。
 いや、ここで椎多が知っている限りでも何人もの人間が死んでいる。七哉の代、その前の持ち主の頃にまで遡れば実際現在住んでいる生きた人間よりも幽霊の数の方が多いのではないか──

「で、その幽霊ってのはどんなのだったんだ。こう恨めしそう~とか血まみれ~とかそういうのか?」
「違うよ。白っぽくて、すっごく綺麗な男の人だよ。かっこいいっていうより綺麗な感じのひと」
「ふうん」
 気の無い返事をしてふと思い当たり、椎多はこっそりと苦笑した。

 

 いったい何を期待したというのだろう。

 

 この屋敷の、おそらく一番窓からの景色のいい部屋。
 その部屋は、椎多が幼い頃から──つまり、多分最初から──空き部屋になっている。
 そして、その部屋には幽霊が出るという噂はメイドの間では随分前からまことしやかに囁かれ受継がれているという。
 空き部屋になっているからそんな噂が立つのか、それが「出る」から空き部屋になっていたのかは椎多にはわからない。
 もっとも、椎多はそういった怪談話にはたいして興味がないので追及しようと思ったことはなかった。幽霊話など追い始めたら自分の後ろにいったい何人分の幽霊を数えねばならないのか、見当すらつかない。生きている人間にも相当恨まれている筈だから死んでいる人間まで数える気にもならないというものだ。
 しかしそういえば自分は幽霊など見たこともなければ心霊写真に出会ったこともない、と思うと妙に悔しい気がしてきた。


「あら、わたしも見たことがありますわよ。その部屋の幽霊なら」
 試しに話してみると青乃までがこともなげに言った。
「ほら、あのお部屋ってわたしが嫁いでからずっと住んでいたほうの棟にあるでしょう?わたし、あのお部屋から身を投げようとしたことがありますの」
 椎多は苦虫を噛み潰したような顔をした。それはおそらく椎英を失って自失していた頃の話だ。
「そうしたら、若くて美しい男が悲しそうな顔をして首を横に振っていたんです。そして、こう言ったわ」

──愚かなことを。

「わたしが固まっている間に龍巳にみつかって自分の部屋に連れ戻されたのだけれど、そういえばその話は誰にもしたことがありませんでしたわね」
 青乃はどこか懐かしそうな目をして手元で隼人の首を撫でている。
「不思議と怖くはありませんでしたわ。わたし、幽霊よりあなたの方が怖かったんですもの」
「いじめるなよ」
 悪戯っぽく笑う青乃の鼻を軽くつまむと椎多はソファに深々と身を沈めた。


「しかし、けっこう皆見てるんだな。霊感とかあんまり関係ないのかな?」
 ぽつり、とこぼす。
「あら、あなたまた何か良からぬことでもお考えなんじゃありません?」
「人聞きが悪いな、またって何だよ。だいいち良からぬことなんか考えてない」
「そう?」
「いつもいつも悪企みしてるみたいに言われちゃ心外だな」
 笑いながら立ち上がる。まとわりつく隼人をひと撫ですると椎多はちょっと好奇心が刺激されるだけだよ、と言って部屋を後にした。

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「それで、なんで俺なんですか」
「どうせ夜なんか暇なんだろう?」
 茜はわざとらしく溜息をつくと肩を竦めて暇とは限りません、と答えた。が、椎多は聞く耳を持たない。


 深夜2時をまわっている。
 

「だいたいもう寝てましたよ。用事があるなら寝る前に言っておいて下さい」
「ぶつぶつ言うな」
「こんな夜中じゃ夜伽でも申し付けられるのかと思いました」
 無言で頭を叩く。
「一人じゃ怖いんですか?」
 暗闇の中でも茜が笑いを堪えているのが声でわかる。この廊下の灯りはごく暗いが目の前に浮かび上がった階段から上には非常灯すらついていない。この上の階を使っている人間が現在いないからだ。
「誰に向かって言ってんだ。俺が見たって証人が要るだろ」
「けっこうミーハーですね」
「俺はこの屋敷の主人だぞ。昔から棲んでいたにせよ今は俺が主人なんだから俺に挨拶なしってのは失礼じゃないか。そこをまげて俺がわざわざ会いに行ってやるんだ。なにがミーハーだよ」
 はいはい、とやはり笑いを堪えた声が聞こえた。


 懐中電灯で足元を照らしながら、闇の中の階段を一歩一歩昇る。
 注意深く足を進め、階段を昇り始めたあたりから会話が途切れた。

 

 万一のこと──生きた人間が侵入しているとか──を考えて、ポケットには例の飾り銃を忍ばせてある。右手はポケットの中でそれを握り、左手が懐中電灯で足元を照らしていた。茜がその後ろから静かに従っている。
「ついたぞ」
 扉の前に佇み、息を整えた。
 ああ、カメラでも持ってくれば良かった──と呟くとテレビ番組にでも投稿するつもりですか、と返事が聞こえた。
 それには答えず、ごくりと唾を飲み込んでノブに手をかける。
 怖いとはやはり思わない。


 微かに木と蝶番のきしむ音が響いた。昼間ならきっと耳にも届かないほどの大きさだがひどく大きな音に思える。
 部屋の奥には大きな窓があり、月光がうっすらと差し込んでいる。
 月夜だったのだ、と今更気付いた。
 もう充分に寒いのに──
 それよりももっと空気がひんやりと冷えている。

「なんだ、誰もいないじゃないか」
 

 どこか遠慮がちな声で、椎多が呟く。そのまま踵を返そうと首をくるりと回したその目の端に──


 白いものがよぎった。
 

 茜は細い目を見開いて何度もまばたきをしている。
 もう一度、窓の方を振り返った。

 おそらく、みずきや青乃が見た人影と同じモノだ。

 ぼんやりと浮かんだその若い男は、椎多をみつめていたかと思うと、
 にっこりと微笑んだ。

『おかえり』

 

──え?

 幽霊は、確かにそう言った。
 おかえり──と。

 すう、と滑るようにその青年は椎多の目の前にまで移動した。
 美しいと、青乃やみずきが評したのが納得できるような整った顔立ち。
 青年は椎多の右手に握った銃にその手をかざし──幽霊のせいか触れることはできないのだろうか──嬉しそうに微笑んでいる。


 幽霊など見るのは生まれて初めてだが、こんな幽霊なら確かに怖いと思わない──とそんなことを椎多は考えていた。

『返しにきてくれたのだな。いや、君が帰ってきただけで十分だ。それは君にあげるよ』

 

 誰かと勘違いしているのではないか、とは言えなかった。
 ただ、青年はもういちどスローモーションのように微笑むと窓辺へと遠ざかり、すう、と消えた。

 不意に、空気が変わった気がして、椎多は我に帰った。
 我に帰ると初めて思いついたように電灯のスイッチを探り、点灯する。途端に、その強い光がさっきまでの淡い月光を掻き消してしまった。
「……おい、茜!」
 茜は返事をしない。
「おまえも見たよな?!」
 それでも茜は返事をしなかった。不審に思い振り返ると、茜はいつのまに取り出したのか一枚のカードケースから小さな写真を取り出してそれを食い入るように見つめている。
「茜──?」


「これ……この部屋ですね」
 

 覗きこむと、いかにも古い変色したその写真には3人の人物が写っている。背景は、たしかに茜の言う通りこの部屋のように見える。
 茜から写真を受け取り、写真の人物をもう一度確認した。
「……これ……何だよ。なんでおまえがこんなもの持ってるんだ」
 呆然と呟く。

 ひとりは人の良さそうな白衣の男。
 もう一人はさきほどの幽霊に似ている。
 そしてもう一人は──

「これ、……俺じゃないのか」
「これはもう100年くらい前の写真ですよ」
「え……だってこれ」
 何度見ても、それは自分の顔に瓜二つだった。

「……それは、あなたのお祖父さんですよ。椎多さん」

 ゆっくりとまばたきをしながら茜の顔を凝視める。
 写真を裏返すと、退色してひどく読みづらい万年筆の字で、

『幾夜君、冶多郎君と』

 

 と書かれている。
 冶多郎というのは確かに祖父の名だ。
 祖父といえば、老人になってからの偏屈そうな顔で写っている写真でしか知らない。椎多が産まれる前、父がまだ少年時代に既に他界していたという祖父。若い頃の写真など残っていなかった。自分と祖父がこれほど似ているなんて聞いたこともない。
 
 右手の銃に視線を移した。
 そういえば、これは祖父が若い頃誰だか身分の高い人に下賜されたものだと昔紫に聞いた気がする。
 では。
 これのもともとの持ち主が先程の幽霊だったというのだろうか。

 

「ここだったんだ……」

 

 茜の声に我に帰ってその顔にもう一度視線を戻すと、茜は可笑しいくらい嬉しそうに微笑んでいた。

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 茜の曽祖父は茅病院の創始者で、その息子である茜の祖父は父親をとても尊敬していたという。
 茅病院を現在のような総合病院に育てたのは祖父であるが、それも父親の作った病院を大きくしたいという願いから始まったのだと幼い頃の茜は何度も聞かされていた。


「この写真はひいじいさんの遺品のひとつでね。写真は何枚かあったんだけど俺は何故かこれが一番気に入っていつも持ち歩いていたんです。子供の頃からずっとね」
 

 よく見るとこれ以上劣化しないように加工を施された上、ケースに入れて持ち歩いていたのだというのがわかる。

 3人の人物のうち白衣は曾祖父で間違いない。僅かに残っていたカルテや日誌も大半が空襲で消失していたらしく、かろうじて写真裏に書かれた『幾夜』という名から片方の人物が当時の天月子爵の子息ではないか、と祖父は言っていたが、もう片方の『冶多郎』が誰なのかを推察できる資料は何も無かった。
 天月子爵の邸宅は後に進駐軍に接収され、高度成長期に財を成した実業家が買い取ったという。


 大学時代の恩師である柊野医師にとある大富豪の主治医の仕事を紹介された時、それがかつての天月邸での仕事だと知って茜は一も二も無くそれを引き受けたのだ。


「そちらも俺のことを調べたでしょうけど、俺も一応自分が勤めることになるご主人のことは簡単に調べさせてもらったんです。その時に、それがあの写真のもう一人『冶多郎』の孫だということが判りました。俺がどれだけわくわくしたかわかります?」

 そして、偶然あのバーで『冶多郎君』そっくりな人物が自分をじっと見つめていた──
 
 何の疑いもなく、茜はそれがこれから自分が雇われることになる嵯院椎多という男とそのバーの男が同一人物だと確信した。だから──名前も素性も尋ねなかったのだ。また会えることを知っていたから。

──偶然だとは思えないんです。

 最初に茜がこの屋敷に来たときに言った言葉を思い出した。
 天月家が手離した屋敷を嵯院七哉が買い取ったのは全くの偶然だったのだろう。
 七哉が天月家と親交があったという話は聞いたことがない。
 けれど──
「運命って言葉は嫌いなんですよね」
 なかば独り言だったのだろう。写真を大切そうにしまいながら茜は目を伏せた。
「自分のやや面倒な身の上を運命で済ませるのって何か悔しくて。抗いたいじゃないですか、少しは。でも」
 

 やはり偶然だとは思えない、はじめから決められていたことのように──

 嵯院七哉がこの屋敷を手に入れたことも、

​ 柊野医師にこの仕事を紹介されたことも、

 今日、あの幽霊に会ったことも。

「うん……偶然じゃなかったのかもな……」

 椎多も、独り言のように呟いた。


 祖父とあの幽霊──『幾夜』との間にどんな約束があったのだろう。
 ああして魂になってまで、彼は祖父の『帰り』を待っていたのだ。
 もしかしたら、その想いが七哉をこの屋敷に引き寄せ、そして茜をここに引き寄せたのかもしれない──


 椎多は普段そんなものを信じるほどロマンティストではない。けれど、この月夜はなんとなくそんな気分にさせる。
 柄でもない、と苦笑した。

「椎多さん、あの」

 不意に現実に引き戻され振り返ると茜はいつもと同じ顔で微笑んでいた。

「俺、もうひとつ椎多さんに告白しておかないといけないことがあるんですが」

 ぎくりと息をのむ。

 告白だなんて、

 また”ろくでもない事”じゃないだろうな。

 ほんの一瞬、胸の隅に鈍い痛みの塊が通り過ぎたような気がした。
「──なんだよ、急に」

 椎多の胸の中で何が通り過ぎているのか知るよしもなく、茜はどこまでも晴れ晴れとした顔でもともと細い目をさらに細め目尻を下げた。


「俺ね、椎多さんのこと好きです」
 

 一瞬、鼓動がびっくりしたように跳ねた。
「は?」
「だから、好きだって言ってるんです。気がついてなかったんですか?」

「ああ、ええと、雇い主として?」
「え、まさか自分がいい雇い主だとでも思ってるんですか。雇い主としてでも患者としてでもなく椎多さんが好きなんですよ。恋愛感情です。恋です。ライクでもフェイバリットでもない、ラブです」
 自分の眉が目まぐるしく動いているのがわかる。怪訝だったり困っていたり少し怒っていたりとどんな表情を作るか迷っているのではないかと思えるほどだった。

「アイラブユーのラブです。イッヒリーベディッヒです。ジュテームです。ウォアイニーです」
「ちょ、ちょっとまてうるさい」

 声が裏返ってしまったので咳払いをした。気を落ち着かせようとするかのように何度も。茜はうるさいと言われておとなしく黙った。グッドボーイ、と撫でられるのを待っている犬のような目で椎多を見ている。
 

──俺は一体何をそんなに慌てているんだ?

 

 ようやく表情が決まったようにじろりと睨みつけた。
「ゆ──幽霊より驚いたんだけど」
「そうなんですか?本気で気づいてなかったのか……そんなに鈍いとは思わなかったな」
「あれだ、その写真が好きすぎてなんか勘違いしてんじゃないのか。大好きなアイドルにそっくりな女に惚れたと勘違いするようなもんだろ」
「それは単なるきっかけですから。だいたいそっくりだって言っても『冶多郎君』はもっと若くて可愛いじゃないですか。自分がいくつでどれだけ可愛いと思ってるんですか、あつかましいなあもう」
 むっと口をへの字に歪めて茜に向き直るとその頭を思い切りはたく。
「おまえそれ、告白してる態度なのか!そういうとこが嫌いだって言うんだ!」
 茜はそれでも笑っている。
 椎多に悪態をつかれるのがむしろ嬉しいかのように。
 悪態をつきながら、顔が熱くなっているのをなんとか誤魔化そうとするがうまくいかない。さっきからずっと心臓がやかましい。

「もう、おまえワケわかんねえ」
 ぶっきらぼうに言い放つとおそらく赤くなってしまっているだろう顔を見られないように椎多はそのまま部屋を出ようとして──


 ふと足をとめる。

 一旦室内へ戻り、先程幽霊を見た窓に向かった。
 握ったままだった飾り銃をそこへ置き、僅かの間見つめる。

 あの幽霊は、椎多と出会ったことで満足して消えたのだろうか?
 それでもここにこれがあったなら、また懐かしさに惹かれて戻ってくるのかもしれない。
 ここは彼の部屋なのだ。
 だから、これからもここは彼の部屋のままでいいのだろう。

 

「──行くぞ。電気消してこいよ」


 深呼吸すると出来るだけ何事もなかったように、椎多は普段通りの声音と大股で部屋を後にした。

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*Note*

これは「昔日」の章の「幾夜」という話を先に読んでいただくか、流れで読んで頂くとよろしいかと。

まあ実のところこういう因果の絡め方現代を書いたり幽霊出したりするのはあまり好きなほうではないのですがついうっかり。

で、どさくさ紛れに怒涛の告白茜ちゃん。オリジナルでのこのくだりがどうも不自然だったので一旦手を加えていたのですが今回うざいくらいすきすきアピールさせてやったら茜ちゃんがかわいくなったわ(???)。好き好き言いながらさらっとdisってくるとこが作者のお気に入りです。

なにかっつーと押し倒したり無理やりちゅーしたりして言葉よりカラダ優先のモラハラ男椎多、実はさくっと言葉だけで攻めた方が落ちます。「祝福」でもすでに書いていたこのポイント、英二みたいにカッコつけてこず茜ちゃんは正面突破。基本的に好意は正直にぶつけるわりにその見返りは一切期待してなくてその分たまにご褒美もらえるとちぎれんばかりに尻尾振って喜びます。ただ人に見返りを期待しない代わりに、ぶつけた好意が相手にとって迷惑かどうかは考慮しないって感じ。こう見えてけっこうわがままで自分勝手なのかもしれません。

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